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2003年12月以前のスライドフィルムで撮影したものが中心です。
一部の画像には、撮影地の地図・ガイドのリンクも載せております。
ブログのページには撮影地ガイドを地域・路線ごとにまとめたエントリーがありますので、ご活用ください。
アルバムはこの他に§ Photo Gallery 2004@FZ10§ Photo Gallery 2005@FZ10&FZ20§ Photo Gallery 2005@FZ30§ Photo Gallery 2006@FZ30 1月〜6月 § Photo Gallery 2006@FZ30 7月〜12月 § Photo Gallery 2006@D200まだまだポジがあります。
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湯ノ峠駅に停車中の石灰列車

湯ノ峠駅に停車中の石灰列車

美祢線 湯ノ峠  1996年3月 5日 (火)

 編成の長い石灰石列車に対応するため、待避線は長めにあります。
 ホームもそれに合わせて長く延びているのですが、普通列車は単行のディーゼルカーのみで大きく持て余しています。


三者三様

三者三様

山陰本線 益田  1996年3月 5日 (火)

 益田駅で並んだディーゼルカーたち。
 今では見られない光景となってしまいました。


西日を背に受けて

西日を背に受けて

山陰本線 折居〜三保三隅  1996年3月 5日 (火)

 光線状態はよくありませんでしたが、彫りの深い造りをしたお陰で辛うじて様になりました。
 当時は解像度の低い安物のレンズで撮っていたので、アンシャープを掛けてもどこか眠い感じが残ってしまいます。

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波打ち際を行く普通列車

波打ち際を行く普通列車

山陰本線 折居〜三保三隅  1996年3月 5日 (火)

 ここでは列車の右手後方にある道の駅からの俯瞰が有名ですが、午後になると逆光となってしまうため、海岸に降りてみました。
 詳しい撮影地ガイドは、ホームページにあります。
 
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防波堤の上を走る「おき」

防波堤の上を走る「おき」

山陰本線 折居〜三保三隅  1996年3月 5日 (火)

 キハ181系時代の「おき」です。
 この頃は国鉄色は当たり前の存在でしたが、いまの車輌には見られない力強いデザインが気に入ってしまいました。
 以降187系に置き換わるまで3回ほど訪問しました。

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厚狭川沿いを行く石灰石列車

厚狭川沿いを行く石灰石列車

美祢線 湯ノ峠〜厚保  1996年3月 6日 (水)

 かつての美祢線は美祢からの石灰石を輸送するため、数多くの貨物列車が行き交っていました。
 現在は専用道路の完成により、重安発の列車を除いて大型ダンプカーにシフトされています。
 場所は国道316号線が厚狭川を渡る橋の上からになります。
 光線は午前中の早い時間帯が順光です。
 レンズは編成長にもよりますが、85ミリ前後のものがよいでしょう。

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千代川沿って走る「はくと」

千代川沿って走る「はくと」

因美線 智頭〜因幡社  1996年3月 6日 (水)

 今は関西〜鳥取・倉吉の智頭急行特急は「スーパーはくと」になっていますが、開業当初は1往復にキハ181系による「はくと」が存在していました。
 わずか数年で姿を消してしまいましたが、これが私にとって唯一のカットです。
 場所は智頭駅からほど近い、千代川の川の土手になります。
 県道6号線で、錦橋を渡る手前で左折し土手に沿って歩いた記憶があります。
 光線は午前中の上り列車に対して順光です。
 レンズは50〜85ミリ前後が良いでしょう。

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お昼寝中

お昼寝中

南部縦貫鉄道 七戸  1997年5月 4日 (日)

 庫内に佇むレールバスを別角度で撮影。
 この車庫はレールバスト共に時を重ねてきたのでしょうか。
 とても居心地がいいように見えます。


早春のみちのくを駆けるキハ10

早春のみちのくを駆けるキハ10

南部縦貫鉄道 盛田牧場前〜七戸  1997年5月 4日 (日)

 野辺地からの臨時列車。
 キハ10は国鉄からの払い下げの車両で、当時は茨城交通と並んで数少ない動態車両でした。
 その後、茨城交通のキハ10は全て引退し、この1輛が今でも動ける車両として残っています。


七戸川を渡るキハ10

七戸川を渡るキハ10

南部縦貫鉄道 盛田牧場前〜七戸  1997年5月 4日 (日)

 レールバスに比べて人気が劣るのか、収容能力がレールバスよりある所為なのか、混雑はレールバスほどではない様子でした。


最後のカーブを曲がって

最後のカーブを曲がって

南部縦貫鉄道 盛田牧場前〜七戸  1997年5月 4日 (日)

 七戸行きの後追い写真。
 このカーブを曲がりきれば七戸駅構内。
 とても終着駅近辺とは思えない、のどかな風景です。


アップダウン

アップダウン

南部縦貫鉄道 営農大学校前〜盛田牧場前  1997年5月 4日 (日)

 盛田牧場前近くの踏切から狙ったものだと思います。
 南部縦貫の線路は起伏に富んでいて、ここの他にも坪〜後平などで似たような構図が狙えました。


満員の乗客を乗せて

満員の乗客を乗せて

南部縦貫鉄道 営農大学校前〜盛田牧場前  1997年5月 4日 (日)

 最期の運転は、どの列車も鈴なりの状態で、乗るのも降りるのも一苦労でした。
 ダイヤもあってないようなもので、終点に近づくほど遅延は拡大し、この列車も15分くらい待ってやってきました。


ありがとうを乗せて

ありがとうを乗せて

南部縦貫鉄道 営農大学校前〜盛田牧場前  1997年5月 4日 (日)

 2輛あるレールバスの内、1輛にはさよならヘッドマークが付けられていました。
 この列車も満員で、遅れてやってきた気がします。
 普段は空気を運ぶくらいガラガラだったと言われていましたから、これだけの混雑は最初にして最後だったのではないでしょうか。


全員集合

全員集合

南部縦貫鉄道 七戸  1997年5月 4日 (日)

 七戸に揃った営業車両たち。
 午後の運転に向けて一時的に隊列を組んでいました。
 車内は解放され、自由に見学できたなど、最後までおおらかな面を見せてくれました。


庫の中で

庫の中で

南部縦貫鉄道 七戸  1997年5月 4日 (日)

 七戸の車庫の入口から撮影。
 何かの整備を受けるためか、レールバスが庫内に入れられていました。
 車庫と言うよりかは町工場という感じで、長年整備を行ってきた歴史を感じさせてくれます。


退避を終えて

退避を終えて

篠ノ井線 姨捨  1998年2月17日 (火)

 しなのの退避を終えて本線へ繰り出そうとするところです。
 この時はまだ原色の重連ばかりでした。
 撮影ポイントは駅外れの踏切からです。
 正面にはほぼ終日日が当たりますが、順光は午後になります。


険しい山道を登って

険しい山道を登って

篠ノ井線 姨捨〜桑ノ原(信)  1998年2月17日 (火)

 姨捨山の近くにある公園の裏手からの撮影です。
 駅からほど近く、アクセスは容易です。
 車利用の場合、駅から少し離れたところ(変電所の裏手)に駐車スペースがあるので、そちらをお勧めします。
 光線は午前中が順光です。
 レンズは、105ミリ以上の望遠レンズが必要です。

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雪国に映える原色

雪国に映える原色

大糸線 北小谷〜平岩  1998年2月18日 (水)

 長野オリンピック開催中の時で、大糸線のシュプール号はまだ健在でした。
 この記事を執筆時は撮影から8年が経ち、ポイント周辺の詳しい状況はあやふやなため、紹介は簡潔にいたします。
 光線は南北に線路が貫いているので、上り列車向けのポイントです。
 作例は下り列車ですが、時折雪が舞う天気でしたので、光線に関係なく撮影できました。
 レンズは、作例の構図では135ミリ以上の望遠で撮影しております。
 
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川沿いの急カーブを行く

川沿いの急カーブを行く

大糸線 千国〜南小谷  1998年2月18日 (水)

 シュプール白馬が健在の頃です。
 数年後には廃止となってしまいました。
 場所ですが、南小谷近くの踏切から線路沿いに歩いていったような・・・。
 今となってはご法度の場所だと思いますので、画像のみの紹介に留めさせていただきます。


北小谷に進入するキハ52

北小谷に進入するキハ52

大糸線 北小谷  1998年2月18日 (水)


眼鏡橋を行くトロッコ列車

眼鏡橋を行くトロッコ列車

只見線 早戸~会津水沼   1999年10月 2日 (土)

 風っ子がデビューする前年の頃だったと思います。
 トロッコ列車はどちらかと言うと昔ながらのこの編成が未だに好きですね。

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静かな川辺を行く

静かな川辺を行く

只見線 会津中川〜会津川口  1999年10月 9日 (土)

 国道がオーバークロスする陸橋の上からの撮影です。
 この時は天気が悪く、少し雨が落ちてきていた記憶があります。
 そのため露出はアンダーで、スキャンの際露出補正を掛けています。
 ロケーション的には駅から至近距離にあるとは思えないくらい、自然が色濃く残っています。しかし、光線的には終日逆光で、夏場の夕方しか期待が持てません。
 レンズは川を大きく入れる場合は50ミリくらいから、通常は105〜135ミリ位の望遠が最適です。

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連なる眼鏡橋を行く

連なる眼鏡橋を行く

只見線 早戸~会津水沼  1999年10月 9日 (土)

 川や道路を跨ぐ訳ではないのですが、100メートルちかくにわたってコンクリート製の橋が国道沿いにかかっています。
 場所はその国道252号線上からで、車の往来に気をつけながら手持ちの撮影でした。
 駐車スペースはあまりなく、路肩となってしまいますので、SLやイベント列車など混雑が予想されるときは避けたほうが良いでしょう。
 渋滞の元、取り締まりの対象となってしまいます。
 レンズは50ミリ前後の標準レンズがベスト。
 光線は午前中は上り列車、午後は下り列車が順光となります。

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一人っきりの旅路

一人っきりの旅路

根室本線 山部〜下金山  2000年2月26日 (土)

 映画のロケセットの一部として改造されたキハ40でしたが、3年くらい前に廃車となり、先頭部分のカットだけ幾寅の駅前に残されています。
 場所は国道から少し離れている所為か、人家もまばらで、ローカル線らしい佇まいを残しています。
 夏場は雑草などが多そうなので、冬期限定の場所と言えそうです。
 光線は終日通してあまり良くないのですが、夕方のみ列車の側面に日が当たります。
 レンズは広角から標準レンズで風景を大きく入れるのがよいでしょう。

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富良野の町を後にして

富良野の町を後にして

根室本線 富良野〜布部  2000年2月26日 (土)

 まだ走り始めたばかりの頃の「ぽっぽや号」です。
 一面銀世界の中に朱色の車体が映えます。
 場所は国道38号線から少し脇に逸れた踏切からで、線路が大きくカーブしているので判りやすい場所です。
 光線はお昼頃の下り列車に対して順光です。
 レンズは200ミリ以上の望遠レンズがよいでしょう。

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森の向こうからやって来て

森の向こうからやって来て

宗谷本線 塩狩  2000年2月27日 (日)

 塩狩駅に進入する上り普通列車です。
 駅のホームから撮影していますが、周りは森が広がり、駅に居ながら自然の中で撮影している雰囲気が味わえます。
 列車本数が少ないのが難点ですが、周辺には好撮影ポイントがありますし、駅前には温泉もあり、1日かけて滞在してもよいでしょう。


エキゾースト湧き上げて

エキゾースト湧き上げて

宗谷本線 塩狩  2000年2月27日 (日)

 急行「礼文」もこの年の春の改正で特急に格上げされ、無くなってしまいました。
 旭川発着の列車だったので地味な印象でしたが、普通列車と並べばそれなりに華のある列車でした。


しばれる朝に

しばれる朝に

宗谷本線 塩狩  2000年2月27日 (日)

 塩狩駅に進入する普通列車です。
 まだ朝の早い時間帯だったので、バックの木が樹氷になっていました。


丘を駆け下る「宗谷」

丘を駆け下る「宗谷」

宗谷本線 塩狩〜和寒  2000年2月27日 (日)

 翌月には261系「スーパー宗谷」に置き換えられた急行「宗谷」です。
 車輌はローカル用気動車だったキハ40をエンジン換装やリクライニングシートに取り換え、夜行の急行「利尻」に至っては寝台車を中間に連結するなど、苦肉の策の集大成と言えるものでした。
 大きなヘッドマークが特徴で、写り映えのある列車でした。

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最北を目指す「宗谷」

最北を目指す「宗谷」

宗谷本線 塩狩〜和寒  2000年2月27日 (日)

 急行「宗谷」の後追いのカットです。
 両運転台に方運転台、特急車輌からの中間車など雑多な編成が、本州では見られない魅力的なものでした。

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復活の国鉄色

復活の国鉄色

水戸線 稲田〜笠間  2002年1月20日 (日)

 常磐線電化40周年記念とかで、1編成だけ国鉄色に戻された415系。
 水郡線で客レを撮影した後、水戸駅でこの編成に遭遇。
 笠間まで乗って、小山から折り返してきたところを迎え撃ちました。


放射冷却の朝

放射冷却の朝

水郡線 水戸〜常陸青柳  2002年1月20日 (日)

 この年で最後となってしまった、水郡線の14系成田臨です。
 確か始発電車に乗って寒い中、那珂川の土手まで歩いた記憶があります。
 色褪せた客車の色が、この先活躍が長くないことを知らせていました。


輝くエメラルドグリーン

輝くエメラルドグリーン

成田線 小林〜安食  2002年1月20日 (日)

 客レ成田臨を撮るついでに、103系も撮っていました。
 検査から出たての状態で、ピカピカでした。
 何れE231系に置き換わるのは判っていましたので、常磐線系統以外では見られないエメラルドグリーンのこの車輌は、早くからカメラを向けていました。
 編成のバリエーションも多く、撮影のし甲斐のある車輌達でしたね。


参拝を終えて

参拝を終えて

成田線 小林〜安食  2002年1月20日 (日)

 朝、水郡線で撮影した成田臨の復路を成田線でもう一度撮影。
 成田〜水戸ではEF81が先頭に立ち、朝とは印象が異なります。
 14系客車はこの年の3月で引退してしまい、その後の一般座席客車は、高崎の12系客車1本のみとなり、現在に至っています。


緑に囲まれて

緑に囲まれて

大糸線 海ノ口〜簗場  2003年6月29日 (日)

 下の写真の続きのカットです。
 国道沿いでありながらロケーションがすばらしく、編成撮りには最適なポイントです。


自然豊かな大糸線を行く165系

自然豊かな大糸線を行く165系

大糸線 海ノ口〜簗場  2003年6月29日 (日)

 青木湖の近くで撮影後、簗場での長時間停車を利用して先回り。
 木崎湖手前の直線区間で迎え撃ちました。


静かな湖畔を行く

静かな湖畔を行く

大糸線 ヤナバスキー場前〜南神城  2003年6月29日 (日)

 青木湖をバックにして走る、165系の臨時快速列車です。
 大糸線内は自由席の快速列車として運転され、松本からは全車指定席の急行「なつかしのアルプス号」として運転されたものです。

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善知鳥峠を行く「アルプス」

善知鳥峠を行く「アルプス」

中央本線 小野〜塩尻  2003年6月29日 (日)

 165系引退の年に運転されたリバイバル列車、「なつかしのアルプス号」です。
 リバイバルとあって、岡谷〜塩尻はみどり湖経由ではなく、旧線の辰野経由でした。
 普段は優等列車は走らない区間なので、有名なオメガカーブには多数の撮影者が集まり、構図的にはやや不満が残る結果でした。

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八ケ岳高原を下る普通列車

八ケ岳高原を下る普通列車

中央本線 日野春〜長坂  2003年6月29日 (日)

 確か中央本線開業80周年(だったと思います)のヘッドマークを掲げていたので、記録として撮っておいたものです。
 ところで、豊田区の3連の運用ってまだあるのでしょうか。

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八ケ岳をバックに走る「アルプス」

八ケ岳をバックに走る「アルプス」

中央本線 日野春〜長坂  2003年6月29日 (日)

 塩尻のオメガループで撮影後、高速を使って三度先回りし、八ヶ岳をバックにしたカットでこの日の撮影は終わりました。
 場所は、両駅の中間付近で、徒歩では軽く1時間くらい掛かってしまうところです。
 近くに跨線橋があり、その脇から獣道を200メートルくらい進んだところから撮影しています。
 レンズは、50~85ミリ前後がよいでしょう。
 光線はお昼前後の上り列車に対して順光です。

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黒い煙を吐きながら

黒い煙を吐きながら

磐越西線 上野尻〜徳沢  2003年11月 1日 (土)

 上野尻の手前にはちょっとした勾配が控えており、適度なカーブと相まって人気の高いポイントになっています。
 カーブの外側にある田んぼのあぜ道からの撮影です。
 キャパシティは広いほうなので、思い思いの構図が選べます。
 光線はお昼頃の上り列車に対して順光です。
 レンズは135ミリ前後の望遠レンズが良いでしょう。

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秋晴れの田園地帯を行く

秋晴れの田園地帯を行く

磐越西線 上野尻〜徳沢  2003年11月 1日 (土)

 新潟のキハ58が国鉄色に塗り戻された頃の写真です。
 磐越西線〜只見線〜上越線を回って新潟へ戻る秋の定番周遊列車で、ばんえつ物語号を撮影後、後を追って只見線へ転線しました。
 場所は、上野尻から徒歩15分ほどの農道からで、駐車スペースは路肩に停める以外ありません。
 道幅は狭いのでぎりぎりまで寄せる必要があります。
 光線は、午前中の上り列車に対して順光です。
 レンズは85〜135ミリ前後の望遠レンズが良いでしょう。

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